今日で、旧ソ連のチェルノブイリ事故から25年を迎えました。当時、私はほんの子供だったので、その事故の詳しい事は覚えていませんが、ただただ歴史に残る悲惨な事故だということだけは記憶しています。
Special Thanks to フロアコーティング
福島原発事故から、1ヶ月以上が経ち、チェルノブイリ事故に関しては、ネット上でしか情報を得る事はできなくなっています。新聞の紙面も、テレビも、このチェルノブイリの事故はほとんど取り上げられていません(取り上げられてもほんの小さな記事です)。被災者の方々を考慮してなのか、都合が悪いからなのか。どっちでも構いませんが、このまま、毎日テレビや新聞だけの生活を送っていると、当事者でないと、事故の重大さを忘れてしまいそうです。我が家の購読新聞にはチェルノブイリ事故25周年の記事が見当たらなかったので、中国の新聞をのぞいてみました。やはり、チェルノブイリに関する記事がちゃんとありました。
<翻訳開始>
チェルノブイリ:核被害者たち
切尔诺贝利:那些被核伤害的人们
1986年4月26日,在进行一项实验时,原苏联切尔诺贝利核电站4号反应堆发生爆炸,30人当场死亡,8吨多强辐射物泄漏。此次核泄漏事故使电站周围6万多平方公里土地受到直接污染,320多万人受到核辐射侵害,酿成人类和平利用核能史上的一大灾难。
事故发生后,原苏联政府和人民采取了一系列善后措施,清除、掩埋了大量污染物,为发生爆炸的4号反应堆建起了钢筋水泥 "石棺"。离核电站30公里以内的地区被辟为隔离区,很多人称这一区域为"死亡区"。
2011年4月,切尔诺贝利核事故已经过去了整整25周年,当人们心中切尔诺贝利核事故留下的创伤渐渐愈合的时候,福岛核危机又一次告诉世人:核安全,永远是人类和平利用核能过程中的最重要一环。在这个时候,我们不妨一起看一看那些曾经在切尔诺贝利核事故中被伤害的人们,他们的悲伤和痛苦,时刻提醒我们:核安全并不仅仅是一个国家的问题,这是整个世界面临的问题。
新华网より:原文、写真は→こちら(写真は1〜20まであります)
1986年4月26日、ある実験が行われていたとき、旧ソ連チェルノブイリ原子力発電4号基が爆発をおこした。その場で30名が死亡し、8トン以上の強い放射能が漏れた。この時の放射能漏れ事故は、原発の周囲6万平方キロメートルもの土地が汚染され、320万人以上の人が放射能にさらされ、人類平和史上最悪の原発事故となった。
事故発生後、ソ連政府と人民は、爆発を起こした4号基の鉄筋セメントでできた石棺をつくる工事を進めるため、周辺の除去清掃、大量に汚染物を埋める措置を行った。原子力発電所から30キロメートル以内の区域は、隔離され、多くの人がその地域を「死の区域」と呼んだ。
2011年4月、チェルノブイリ事故から丸25年が経ちました。当時の被害者の人々の心に受けた傷が徐々に癒されたとき、福島原子力発電所の核事故が、また世界の人々に、核の安全、それは私たち人類が原子力エネルギーを利用していく中で、最重要な問題であり、このときに、私たちはかつてチェルノブイリ事故に遭われた人々の受けた悲しみや苦しみから、目を背けてはならない。そして、いつも核の安全は一国の問題だけではなく、世界すべてに直面する問題である事を指摘している。
<翻訳終了>
それにしても、報道の規制がひどいです。でも、これは今に始まったことではありません。教科書には一切のらない歴史、「日本人が知らないニッポン」これを読むと、難しい事もやさしく書かれていて、とてもわかりやすかったです。やはり、情報はインターネットやそれなりの対価を支払い、信頼のおけるところから得ないといけません。すでに世界の未来は、彼らの間では決まっているようです。
信頼できる情報はこちら→http://www.mag2.com/m/P0007478.html
6月以降、京都で定例会議が行われます。新しい水素エネルギーや、癌治療、海外ロングステイなど、今後更に需要が伸びる分野についての話を聞く事ができます。時間は刻々と過ぎています。気がつけば、私自身も「秋月」に入ってから、早1年が経とうとしています。いつも際際になってしか動けないのですが、今回は私自身も他人事ではないので、できる事から着々と準備を始めています。

